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広島高等裁判所松江支部 平成7年(ネ)15号 判決

大阪市西区新町3丁目14番13号

控訴人

日本交通株式会社

右代表者代表取締役

澤志郎

《住所略》

控訴人

澤廣行

右両名訴訟代理人弁護士

伊丹浩

松江市灘町65番地2

被控訴人

日本交通株式会社

右代表者代表取締役

田川孝雄

右訴訟代理人弁護士

平山茂

木村修治

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の平成2年5月15日開催の定時株主総会(以下「本件総会」という。)における第40期貸借対照表、損益計算書及び利益金処分案承認の決議を取り消す。

第二  事案の概要

次のとおり、訂正、付加するほか、原判決1枚目裏11行目から40枚目裏5行目のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の補正

2枚目表2行目の「被告」を「被控訴人の取締役」と、同10行目の「資本金4800万円」を「資本金4800万円、当期末現在の負債が約2億6556万円余」とそれぞれ改める。

二  控訴人らの主張

1  平均的株主概念が妥当するのは公開会社である。

即ち、証券取引法が公開会社に対して作成及び公衆に対する縦覧を義務付けている有価証券報告書の記載内容は、会社の概況に始まって、事業の概況、営業の状況、設備の状況、経理の状況、親会社及び子会社に関する事項等広範なものであるから、これにより平均的株主は、会社の概況を正確に理解し、議案に対する賛否の合理的な判断をするために必要な情報を得ることが可能となるのである。

従って、商法上の小会社の被控訴人についても、平均的株主概念が妥当するのであれば、本件総会における控訴人の質問に対する被控訴人取締役の説明内容は不十分なものであるから、説明義務違反があることは明らかである。

2  道路運送法に基づく一般自動車運送事業会計規則(以下「運送会計規則」という。)や証券取引法に基づく「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」(以下「財務諸表規則」という。)等は、商法32条2項に定める公正なる会計慣行に当たることが明らかであるから、被控訴人の取締役に、これらの規則等に基づく記載事項であるタクシー事業、バス事業、タクシー代行事業の各収支を説明する義務があることは明らかである。

三  被控訴人の主張

1  平均的株主概念はその実在を問題にするのではなく、説明義務の範囲程度について、質問者や取締役らの主観を考慮すべきではなく、それを離れた客観的な基準として、決議事項についていえば一般の株主がその賛否の合理的な判断をするために必要な程度、報告事項についていえば一般の株主がその内容を理解するために必要な程度に説明がされたか否かを判断するための基準の意味であるから、その実在を云々することは的外れの議論である。

2  商法が、附属明細書の記載事項について特に規定している趣旨からすれば、商法は、株主総会に提出する計算書類についての説明の範囲程度を、附属明細書の記載の限度で足りるとしているのである。

そして、附属明細書は貸借対照表等の計算書類の記載を補足する事項を含むので、計算書類に関連した質問で計算書類に記載がないが、附属明細書の法定記載事項として記載されているものがあれば、その限度で説明すべきものと解されるところ、単に附属明細書の金額についての質問であればその数字を読み上げることになるが、記載内容の不明確や不正確あるいは矛盾点などについての質問については、その説明を要することになるのである。しかし、それ以上、附属明細書の各科目や記載事項の更にその内訳等までの説明義務はないのであり、少なくとも原判決説示のとおり、細かな計数や会計帳簿を調査して始めて知り得る事項についての説明義務はないのである。

なお、説明義務が、不明な点を説明する制度であることに徴すれば、質問株主が、これに対する説明をするまでもなく、既に情報を得ていることが明らかな場合、その程度に応じて説明を簡略化できることは、当然のことである。

3  証券取引法に基づく財務諸表は、商法上の会計帳簿、計算書類とは、本来、作成の目的を異にし、主として投資家に会計情報を提供し、企業の経営成績を明らかにし、有価証券の発行及び流通の両面から証券取引を規制する行政監督の目的から作成が要求されるものであるから、純粋に個人的経済的利益を追求する株主により、主として配当可能利益の算定を論議する場の株主総会に提出する計算書類や株主に対する説明事項が、主張の財務諸表に関する規定により規制される理由はないのである。

4  控訴人らは、運送会計規則が商法32条2項の公正なる会計慣行に当たると主張するが、如何なる商業帳簿に関する如何なる規定について、その解釈上、どのように公正なる会計慣行を斟酌すべきものか学説上も明確ではなく、むしろ、公正か否かは当該商業帳簿の作成目的によって異なるとされているのである。

従って、商法上の計算書類が株主や債権者に対し会計情報を提供し、主として配当可能利益の算出を目的として作成されるものであることからすると、商業帳簿のうち少なくとも計算書類に関する規定の解釈において、運送会計規則が斟酌すべき公正なる会計慣行となっているとまでいうことはできないのであるから、少なくとも、商法や計算書類規則に基づき、企業会計原則を斟酌して作成された本件計算書類が、公正さを欠くとか、違法であるとは到底いえないのである。

5  被控訴人が営むバスとタクシーの各事業は独立採算ではなく、総合経営であり、しかも小規模企業のため運転手も双方を兼ね、多くの経費が共通で、その区別が困難であるために、区分できるのは役務収入に止まらざるを得ないのである。

仮に、収支を区分すべきであるとしても、商法に基づく計算書類規則45条2項但書の趣旨からは、可能な限り収支の概況を説明すれば足りるところ、本件の場合、控訴人らに対して損益計算書及び旅客運送事業営業費の内訳書を交付し、また本件総会でその両部門の概況の説明もしているから、可能な限り収支の概況を説明しているのである。

第三  争点に対する判断

一  当裁判所も、控訴人らの本件請求を棄却すべきものと判断するものであって、その理由は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決40枚目裏7行目から67枚目裏末行の説示のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の補正)

1 41枚目表8行目の「すべきではない。」の次に「なお、前記の取締役の説明義務制度の趣旨からすれば、質問株主に、右必要性についての主張立証の責任があるというべきである。」を加え、同8行目の「但し」を「そして」と改め、同10行目の「差し支えないと解する。」の次に「けだし、取締役の説明義務の制度は、株主に対して、決議事項については賛否を決するための合理的な判断をするために、報告事項については合理的な理解のために、それぞれ必要な情報を提供することにあり、説明義務は右目的のための手段であるから、質問株主が、会議の目的事項について合理的な判断あるいは理解のための必要な情報を得ている場合には、もはや当該株主に対する説明の要がないと解するのが相当であるからである。しかして、このことは、平均的株主が合理的な判断あるいは理解をする上で必要な限度で情報を開示すべき旨の前記原則と何ら矛盾するものではない。」を、41枚目裏末行の「困難となるからである。」の次に「本来、平均的株主とは、実在する株主の平均を意味する概念ではなく、取締役が実際にした当該説明が、客観的に商法所定の説明義務の履行に当たるか否かを判断する基準としての概念である(もし、右平均的株主なるものがその実在性を意味するものであるとすれば、説明義務の履行の有無の客観的な判断が不可能となる。)。」をそれぞれ加え、42枚目表10行目の「そして」を「そして、取締役の説明義務は、株主総会が、その本来の権限ないし機能を効率的に発揮するために必要とする具体的な情報を、審議の過程に提供することを取締役に義務付けるものであって、それ以上に、株主の権利を拡大したり、特別の情報開示請求権を付与するものではないことに徴すると」と改める。

2 43枚目表10行目の次に改行して次のとおり加える。

「なお、控訴人らは、小会社は大会社と異なり、会計監査人による監査がなく、有価証券報告書による企業情報の開示もないから、小会社の株主が、これらの制度に代わる程度に、経営や会計等に関する情報を得るための質問ができなければならない旨主張するが、小会社の被控訴人にも、株主総会のほかに、経営の意思決定や業務執行の監督権限を有する取締役会があり、また会計監査を担当する監査役が置かれているのであるから、被控訴人の株主が、これらの機関を差し置いて、特段の事情もないのに、具体的な経営や会計等に介入することはできないと解するのが相当であって、控訴人らの前記主張は、商法上、小会社においても、株主総会、取締役会、監査役が、それぞれ機能を分担すべきものとされている趣旨を無視するものといわねばならない。」

3 44枚目表6行目から同7行目の「恐れがあるなどの」を「具体的な恐れがあるとか、その場合に被控訴人の経営が混乱する具体的な恐れがあるなど、田川の後継問題を具体的に論議する必要性についての」と、46枚目表3行目の「計算書類規則」から同6行目の「解することはできず」までを「なお、計算書類規則45条1項1号が従業員の状況について営業報告書に記載することを要求し、小会社の被控訴人においても、これによることが相当であるとしても、部門別・業務内容別の記載までも要求されていると解することはできず」と、47枚目表9行目から同10行目の「(甲22、41の2、乙2、33)」を「甲41の2、乙2、33、証人田中)」とそれぞれ改め、47枚目裏10行目の「画するものではない。」の次に「商法32条2項の公正なる会計慣行を斟酌すべしとの規定の趣旨から、本件の場合、企業会計原則や主張の運送会計規則等を斟酌してバス事業や、後記のタクシー及びタクシー代行の各事業毎に、その収支を区分すべきであるとしても、右公正なる会計慣行の一として、商法に基づく計算書類規則も存在し、そして、主張の運送会計規則等が、右計算書類規則に優先する理由はないところ、右規則45条2項但書の趣旨からは、可能な限り収支の概況を説明すれば足りるのであり、本件の場合、控訴人らに対して損益計算書及び旅客運送事業営業費の内訳書が交付され、また前記のとおり、本件総会でその両部門の概況の説明もされているのであるから、可能な限り収支の概況を説明しているものといわねばならない。」を加える。

4 48枚目裏8行目の「強調するが」から同11行目の「ミツワタクシーも」までを「強調するところ、タクシー1台当たりの所得が、被控訴人のそれは松江一畑タクシー、ミツワタクシー、島根日交と比較すると3分の1以下である(甲19)が、松江一畑タクシーもミツワタクシーも島根日交と同様」と、49枚目表1行目の「(甲20、21)」を「甲20、21 乙30の1、証人田中)」とそれぞれ改める。

5 51枚目表8行目の「主張しているが」から同10行目の「であるとしても」までを「主張しているところ、証拠(甲41の2、乙33、証人田中)によると、被控訴人の第40期における人件費以外の一般管理費が6911万円余であることが認められるものの」と改め、54枚目裏7行目の「現在の原告会社代表者である」を削り、55枚目表2行目の「5月24日」を「5月21日」と、56枚目表10行目の「株主に開示されることが望ましく」を「株主に開示すべきものであり」とそれぞれ改める。

6 60枚目裏4行目の次に改行して「なお、前記のとおり、運送会計規則は本件の場合に適用されないと解されるから、タクシー代行の経費の大部分を一般管理費中の雑費の項目に計上したことが、違法ということはできない。」を加え、61枚目裏3行目の「(ちなみに」から同8行目の「ところである。)」までを削る。

7 65枚目表9行目の「前記認定事実」を「証拠(証人田中、弁論の全趣旨)」と、67枚目表10行目から同11行目の「回答しなかった点の説明義務違反は、さ程重大なものとはいえず」を「回答しなかったことによって、本件総会の会議事項について、賛否の合理的な判断や理解をする上で実質的な支障があったとはいえず」とそれぞれ改める。

二  以上の次第で、控訴人らの本件請求は理由がなく、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴を理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法95条、89条、93条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林泰民 裁判官 三島昱夫 裁判官 水谷美穂子)

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